「傾聴」で人生を変えよう♪

こんにちは♪

今日は「7つの習慣」の後半を読んでいて、共感による傾聴という言葉が出てきたので、私の中のある記憶が蘇ってきました。恥ずかしながらご紹介します。

私は数年前にヘルスカウンセリングという、カウンセリングの勉強をしていました。ヘルスカウンセリングは、誤解を恐れず一言で言ってしまうと、幼少期や世代伝番されている感情の反応の仕方などのプログラムを書き換える画期的なカウンセリングです。具体的には連想やひらめきを促す構造化された質問を投げかけ、右脳から答えを引出し、「刺激と反応」の仕方を一瞬にして書き換えると言う優れたツールです。

実際に長年経験を積んだカウンセラーの方からセッションを受けてみた事もありますが、正直自分のプログラムが書き換わったと言う実感は有りませんでしたが、カウンセラーさんの共感し傾聴する能力もあり、かなり癒されました。それで、話を共感的に傾聴する事にはこんなに人を癒す力があるのか!と、感動してその後しばらくの間熱心に資格取得セミナー等にも足を運んで、学会公認の資格を取得しました。

資格の取得に必要だった技能は、構造化された質問とカウンセリングの流れを覚える事と、その人の一番の問題になっている気持ちやその問題が生じた情景を、共感的な傾聴法を使って聞き出し、そのプログラムを書き換えることなどでした。審査は主にテープで行われるので、相方を見つけてひたすら相手の言葉をオウム返しし、感情が入ったところは相手の口調を少しだけオーバーにしながら、相手の話を聞くふりをしました。

カウンセラーという仕事は俳優業とも似ていると思いました。というのも当時、私は相手の話を聞く演技をひたすら資格取得の為に練習していましたから。でも私には実は人の話を聞こうなんていう気持ちは微塵もなく、ひたすら自分が資格試験に合格したいという思いから、熱心に人の話を聞くふりをしていただけでした。

でも、別にテープ審査でしたからそれでも大きな問題は有りませんでしたし、小手先のテクニックには慣れて行ったので、無事目標としていた資格は取得する事が出来ました。でもそんな半端な状態ではいつかは化けの皮が剥がれます。ほどなくして、資格の更新の為の義務研修があったので、私もアドバイザー役としてセミナーのお手伝いに入りました。

アドバイザー役として入ったのですから、きちっとした共感的な傾聴が出来なくてはなりません。何とか格好をつけるためにいつものオーバーリアクション気味のオウム返しをやってみました。でも話を聞く動機が、「なんとかカウンセリングとして格好をつけるため」という完全に自分サイドのものになっていました。さすがにその場では自分の経験談を話したりはしませんでしたが、頭の中では、次にどう返事をしようか?どういえば相手をコントロールし、癒されたと言わせる事が出来るか?などと考えていましたので、クライアント役はちっとも聞いてもらった気持ちにはならなかったと思います。

そこで、はたと気づいたのは、「私は傾聴のテクニックを使い人の話を聞くふりをしているのではないか?これって相手を馬鹿にしてない?」という事でした。そして、「果たしてクライアント役の話に本当に興味を持っているのか?」と、自問してみました。答えは「NO」でした。私はただ、共感的な傾聴をしているふりをしていただけで、人の話自体に興味なんて持っていなかったのでした。

その瞬間私は「共感による傾聴」という意味を全く取り違えていたことに気付きました。
これがヘルスカウンセリングで、私が学んだ最も大きな事でした。

さてそれでは、「7つの習慣」の中では「共感による傾聴」をなんと定義しているのでしょうか?
以下は本文から要点を抜粋しています。

相手が話しているとき、私たちの「聞く」姿勢はたいてい次の4つのレベルのどれかである。

一番低いレベル:相手を無視して話を全く聞かない

二番目のレベル」:聞くふりをすること「うん、うん」とあいづちを打つが、話の中身は全く耳に入っていない。

三番目のレベル:選択的に聞く態度。話の部分部分だけを耳に入れる。3~4歳くらいの子供の取り留めのなく続くおしゃべりには、大人はたいていこんな風にして付き合う。

四番目のレベル:注意して聞く。神経を集中して、相手が話すことに注意を払う。

五番目のレベル:相手の身になって聴く、共感による傾聴

ここでいう共感による傾聴とは、「積極的傾聴」とか「振り返りの傾聴」といったテクニックではない。これらのテクニックは単に相手の言葉をオウム返しにするだけで、人格や人間関係の土台から切り離された小手先のテクニックに過ぎない。テクニックを駆使して人の話を聞くのは相手を侮辱することにもなる。テクニックを使ったところで、相手の立場でなく自分の立場で聞き、自分の自叙伝を押し付けようとする事には変わりない。実際に自分の経験は話さないまでも、話を聞こうとする動機がどうしても自叙伝になってしまうからである。神経を集中して熱心に聞いているかもしれないが、頭の中は次はどう言えば相手をコントロールできるかと考えを巡らせているのである。

共感による傾聴とは、まず相手を理解しようと聴くことであり、相手の身になって聴く事である。相手を理解しよう、本当に理解したいと言う気持ちで聞く事である。パラダイムが全く違うのだ。

(要点終了)

う~ん。やはりまず相手に興味を持ち、その人を本当に理解したいという気持ちがなければ、「共感的傾聴」とは言えませんね。それに気づいた直後、未熟者の私にはカウンセラーは無理だと思い知りました。(その件以来ヘルスカウンセリングのセミナーには行っていません。)一番大切なのはやっぱり気持ちなのですね。

だけど、相手の事を理解したいという本物の気持ちをもって、この共感による傾聴が出来れば、信頼関係を築き心を深く癒すことが出来ますよね。

「7つの習慣を読み直して」今まで、子供の話もろくに聞かないでいた自分をまたちょっと振り返る事が出来ました。家族関係でも、職場の関係でも、夫婦関係(これが私の場合一番難しい)でも失われた信頼貯金を取り戻すのは大変だけど、出来るだけ心からの「共感による傾聴」を心がけてみようと思います。テクニックでない本物の「共感による傾聴」これが出来れば必ず人生は変わっていくでしょうね!

以上カウンセラーのなりそこないの独り言でした(笑)

それでは良い午後をお過ごしくださいませ♪

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