この世は映画のマトリックス一緒じゃん(備忘録)

こんにちは!

半世紀も生きて来ると、これまでの人生を振り返ってみたくもなったりします。ということで、今日は人生を振り返って呟き備忘録の1。(笑)

さて自分のこれまでの人生は母親から埋め込まれた、「女性も男性と同等に働き、お金を稼ぎ地位を得なければ幸せになれない」という信念にひたすら動機づけされ動かされていたように思います。

だけどその割にはただ忙しくしていただけで、大した結果も出なかったというのが、今までの自分の人生に対する感想かな。

それでもね、歯科の臨床に励んでいたころにはね、「地域の住民の皆さんに貢献するんだ!」と、、スタッフと定期的にミーティングを開き「売り上げをどうやって上げるか」?等について真剣に議論していました。フフフ、突っ込みどころ満載でしょ(笑)

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前半の半世紀

真剣な議論の内容は患者さんに如何に自費治療をお勧めするかについてかな。経営コンサルタントの先生にも入ってもらった事も有ります。でも、医療機関で売り上げる事と地域住民の方の健康増進って、相容れない感じですよね。(笑)

だけど、その当時は忙しくってその矛盾にすら気づいてませんでした。だってその当時はそれが全てでしたから。だけどその後程なくして、今まで自分が信じていた事が幻想(フッ素神話、キシリトール神話、野生動物は虫歯や歯周病にならない、予防接種神話、・・etc)だって知って、自分のアィデンティティまでガラガラって崩れました。

でも残念ながら、その幻想を作っていた「女性も男性と同等に働き、お金を稼ぎ地位を得なければ幸せになれない」という信念は中々手放せませんでした。だから「自分はなんてダメなやつなんだ!もっと頑張らなくっちゃ!」等と、なんとか努力をして頑張るという、おなじみのやり方で自分自身への信頼を回復しようとしていました。

だって、そうしない限り家族やスタッフの生活は守れないと思っていましたから。(規模が小さい話ですね・・笑)でもね最近、「守らなきゃいけない存在」というのも、単なる私の思い込みだって気が付きました。

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これってある意味最悪だな

気づきをくれたのは子供です。ある日の夕食時子供に「こんな不味いご飯食えるか!お前死ね!」って言われました。でもその瞬間、目の前のくす玉がパッカーンと割れて中から「あなたは解放されました!」という垂れ幕が下りてきました。それを見て「私は自由だ!」と心から思えました。

だってある意味一番大切だと思っていた人に、「死ね!」なんて言われるなんて、これ以上最悪の出来事は無いでしょ。だけど次の瞬間「あ!私がこの子を守ってあげないと、この子は生きていけない。」なんて思うのは子供に対する信頼感の欠如。現にこの子は「私が居なくても人生をきちんと歩んで行ける。」って言っているし。こんな風に気付きました。

だから今は、「この子をもっともっと信頼して、自由にさせると同時に私も自由になろう!」こんな感じかな。こんな事って有るんですね。今年一番の気づきでした。

皆さんも「守ってあげなくちゃ!」と思っているものが有りますか?

「家族、従業員、会社、プライド、仕事、パートナー(これに関しては早い時期にお互い守るべきものでは無い事に気づいています・・笑)、お金、親、締切、返済日、顧客、法律、友情、金銀財宝、土地、・・etc」

勿論私もまだ、共同幻想の中の倫理規範を破天荒に破りながら生活する覚悟は出来ていませんので、「守るべきものって幻想じゃない?」と気づいた後もそんなに生活が大きく変わった訳では有りません。(でも先週末は友人とこんな景色の所に行ってきちゃった〜)

amami

でもね、気づいた後はとても解放され自由な気分になりました。

それにね実は「守る」というスタンスは「相手よりも、自分が一段上」という前提や、その物に対する自分の執着が隠されているとは思いませんか?もしや私は「相手は守らなくてはいけない弱者。」そんな風に考える事で、優越感を感じていたかっただけなのか?とも、気付きました。

だけどそれって実は、相手への信頼感への欠如とも言えるかも・・。

また「それがないと私は生きていけないという恐怖に基づいた執着。」そんな物がある事で身動きが取れず、自由がなくなるのでは?。

だから今は、子供だろうと大人だろう一方的に「守るべき弱者」なんていう人は居ない。だからもっとその人を信頼してみようと思っています。だけどだからと言って、別に人には不親切にしようとか、子供の世話を放棄しようとかそういう意味では有りません。

むしろ、相手が保護が必要な存在に見えたとしても、そこで自分が「相手は弱い存在だから守らなきゃいけない等と、一方的に判断しない」という感じかな。

人生の先生ってどこか遠い所にいると思っていましたけど、こんな身近にいるのですね。今は一見過激な発言をしてくれる子供の事を、心から尊敬しています。

他人を信頼=自己信頼

という事で、私の場合は子供の一言で他人への信頼感を取り戻せた訳ですが、他人を信頼する事で同時に自分への信頼感も上がりました。というのも、今まで私がちゃんとしないと周りの人が幸せになれないと思い込んでいましたので、人生は自分の自由には出来ないと思っていました。

また被害者意識でやりたくない事も、「守るべき人たち」の為に無理にやらされていると思っていました。でも今は、周りの人は信頼できる人達ですから、たとえ私がやりたい事をやってもやらなくても、周りの人の幸せ度が減る事は有りません。

「被害者意識」や「後ろめたさ」や「罪悪感」こんなものはもう要りませんね!

「私は私のままで大丈夫!」

という事で、気付のパラダイムシフトは、こんな感じです。

「周囲の人たちの為に嫌な事をやらされている」→「自分の選択でやっている」

自分自身は自由な存在からは程遠く、どうにも抜け出せないループにはまり込んでいると、思っていました。でもそうではなく単に自分が好きでやっていたのですね!

問題が問題では無くなった瞬間です!

区切りが良いのでここで一旦終了。これから、最近入手した英語字幕入りのマトリックスで英会話のお勉強しよっと!11/1までは72%OFFでお得でした。

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これもお買い得だった目の保養に良いかも♪

マトリックスはこの世が幻想だって理解するために大きな示唆を与えてくれますよね!それに英語の字幕が入っていて英会話のお勉強にはとても良い教材です。会話は苦手です(汗)

今後の人生はどんな風に過ごそうと思ったのかについては、気が向いたら備忘録2の続きを書こうと思います。(笑)

良い午後をお過ごし下さいませ。

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