この本凄くよかったわ~♪

おはようございます♪

ここ最近ずっと疑問に思っていた事が有ります。

それは、例えば以前読んだロバート・シャインフェルド「ビジネスゲーム」から自由になる法」には「この世も宇宙も仮想現実で幻想だ。そこを見破れば自分の思考次第で周りの状況は全て変えられる。」だから、自分がその幻想を見破りを「消え失せろ!」と、命令すれば実際に状況は変わっていくと言う様な事が書いて有りました。

「この物質的な世の中の全てのものは私が作っている??」
昨日見た美しい夕日も、空も、春になり芽吹いてくる待っている木々たちも?
そんな訳は無いよね!と、この考え方にはちょっとなじめずにいました。

だけど、小林 正観の著書「100%幸せな1%の人々ーすべてが幸せになる59の法則」という本を読んで、「この世は全て私が作っている」という意味が腑に落ちました。

例えばこの本にはこんな例が書いて有りました。

(一部引用)
032
私がイライラちなかったら、「イライラさせる人」は生まれない

先日「イライラさせる人がいるわけではないんですね」と、何気なく言った所、ある女性から次の様に言われました。「私は結婚して20年ほどたちますが、姑や家族の問題でずっとつらい思いをしてきました。イライラさせる人が居るわけではない。という話は納得できません。実際に人をイライラさせる人が世の中にいるのではありませんか?」

そこで私はその女性に聞きました。

「ある人が私の前に現れたとします。何かを言ったり、通り過ぎていったりしたとします。その人に対して私が何も感じなかったとします。では、その人はイライラさせる人でしょうか?」

「もちろん、違います。」

「そうですよね。では、その現れた人に対して私がイライラを感じたとします。その人はイライラさせる人でしょうか?」

「そうですよね。そこにイライラさせる人がいますよね。」

「ではもう一度聞きます。(中略)」

「・・・・・・」

その女性は黙り込んでしまいました。

「私がイライラしたとき、はじめて目の前にイライラさせる人が生まれた。でも私がイライラしなかったらイライラする人は生まれない。」(中略)

つまり自分が思う事で、イライラする人をこの宇宙に出現させたのです。仮にイライラする自分が出現し他なら、前述したようにイライラする私を私が変えてしまえばいいのです。
(中略)
では「つらいこと」や「悔しい事」はどうでしょうか?
すべて同じです。そう「決めつける」私の「心」によって、そういう現象がはじめて生まれます。私の「心」こそが、私のまわりに「幸せ」や「福」を作っているのです。

(引用終了)

今まで、「自分の心が幸せを決める」的な事は、よく聞いたり読んだりしてきましたが、この本を「この世は本当に仮想現実なのか?」という疑問を持っている今のタイミングで読んだからこそ、「あ!そうかすべての現象は私が「決めつけ」や「意味づけ」や「評価」をすることによって生まれるんだな!やっぱり、この世を作っているのは100%私だ!」と、この瞬間やっと腑に落ちました。だから今は60兆の身体の細胞がひとつ残らず「この世を作っているのは100%私だ!」という意見に賛成していて、そこに疑問を挟む細胞が居なくなった!言う感じかな。

この著書にはその他にも私たちが生きていくうえで、とても大切な事が書かれています。

例えば、生きながらにして仏になる方法などです。(笑)

(引用開始)
003
「こうでなければイヤだ」と執着せずに、「ならなくてもいいけど、なったらいいな」と考えると、不思議な力が助けてくれる。

お釈迦様がはなされていた「四諦」と言うものがあります。これは「苦諦」「集諦」「滅諦」「道諦」の4つの諦めすなわち悟りのことをいいます。

「苦諦」:人生はすべて苦悩の連続で、その集積から成り立っていると、悟る事。

「集諦」:苦しみの元は全て執着にあり、自分が何かに執着しているがゆえに、苦悩や煩悩が生まれるのだと、悟る事。

「滅諦」:その執着やこだわりを滅すれば、楽になるのではないかと悟る事。

「道諦」:執着やこだわりを滅する実践をすること。日常生活のありとあらゆる場面で、執着を捨てる訓練をする。

この「四諦」を実践すると執着がなくなります。(中略)
ある出来事を「どうしても達成したい、実現したい」と思う事は、「思い」にとらわれているということにほかなりません。「こうでなければイヤだ」と執着を強くもつのではなく、こだわりやとらわれを捨て、そこからいかに切り離されるかということがポイントです。
「そうなったらいいな。ならなくてもいいけど、でもそうなるといいな」
「そうならなくてもいいけど、なったら嬉しい、楽しい、幸せだ」と思った時、不思議な力(潜在能力)が助けてくれます。超能力的な解決法とでもいうのでしょうか?そういう力がどこからか支援してくれるのです。(中略)

執着やこだわりから解き放たれた人のことを、日本語で「ほとけ」と呼びました。「ほとけ」の語源は「ほどけた」「ほどける」という言葉から始まっています。つまり、自分を縛るもの(=執着)から離れた人が「仏」なのです。

(引用終了)

我が家も今年で結婚21年目を迎えます。最初はパートナーに「ああして欲しい」、「こうして欲しい」と要求しそれが叶わないと、自分がイライラしまさにイライラさせる夫を生み出していました。でも、どこかの時点で、その要求の大部分を手放したらイライラする場面や「言い争い」は大幅に減りました。といいつつも私もまだまだ修行が足りないので、どうしても「ここだけは治してほしい」という執着が手離せずにいるので、イライラする場面は多少は残っているのですが、でも残りの執着を手放せば、この世からイライラする夫を完全に消し去る事が出来るかもしれません。

この法則は「子供」でも「上司」でも「先生」でも「親」等全ての人に当てはめる事が出来る不変の法則ですね!(笑)そう考えると、やっぱりこの世は100%私が作っているのかもしれませんね。

皆さんも「生き仏」を目指してみませんか?

普段は1度読んだ本を読み返すことは殆どないのですが、この本は手元に置いて何度も読み返したくなるような良書でした♪中古本が54円で売っていたので、早速購入してみました。情報の価値は値段では決められませんね。

100%幸せな1%の人々/中経出版
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