ほめる=相手を見下している

こんにちは♪

先日NLPコーチングというセミナーに出席してきました。コーチングをされている方はよくご存知だと思いますが、人間には他者に認められたいという承認欲求があります。
でも、相手を認める際には、相手の事実に気づいて認める承認と相手を褒める賞賛では大きな違いが出てくる。という事が話題に上がっていました。

それでセミナーの中では相手の承認欲求を満たすためには賞賛よりも承認が良いと話していました。承認と賞賛の違いはご存知ですか?
例えば、歯医者さんの治療に来た、3歳の男の子がいたとします。、その男の子は泣きながらも口を開けて頑張って治療に耐えました。そこで私が、「偉かったね!上手にお口開けられたね。」と、声を掛ける。これが賞賛です。

でもこれが、治療に来た中学生のお子さんだったらどうでしょうか?同じように「偉かったね!上手にお口開けられたね。」等と声をかけたらどうなるでしょうか?言われた中学生は「馬鹿にするな!」なんて怒っちゃうかもしれませんね。

では、中学生にはどうやって声かけするのが適当でしょうか?おそらく、「初めての歯科治療で不安だったと思うけど、治療に協力してくれてありがとう。」等と声かけをするのが適当なのかもしれません。相手の存在を認めて、事実を述べるあるいは、感謝の気持ちを表す。これが承認です。

さて賞賛との違いはお気付きですよね。実は賞賛は縦の関係から出てくる言葉で、上下関係を作ってしまいます。この例では3歳の子供だからどうせ治療なんてまともに出来ないと思ったけど、意外によく出来て偉い!という評価も入ってきます。

それに対して、承認は横の関係から出てくるので、評価はしません。だから上下関係を作りません。

まあ、3歳の子供に対してなら、「上手に出来て偉いね!」と言ってもそんなに不自然には感じないかもしれません。でも、中学生にはそんな声かけしたら、可笑しいですよね。

私も日常生活でついつい、子供達に対して「ご飯を全部食べて、偉いね~」とか、「ちゃんと勉強して偉いね~」等という言葉を発してしまいますが、これはあくまでもその時の状態に対して、賞賛しているだけなので、逆にそれ以外は偉くない、承認出来ないと言うメッセージになってしまう可能性があります。また、評価をするので賞賛は上から目線の言葉かけなのです。

皆様も、誰かに褒められて妙に居心地の悪い思いをしたり、なんか反発を感じたりした事は有りませんか?実は私もそれが原因で「馬鹿にしているの?」と、よく旦那を怒らせていました。その当時は「こっちが褒めているのに、素直に受け取らないばかりか、この人なんか怒っている~。何でだ?」と、理解不能に陥っていましたが、実は上下関係を作って、上から目線の言葉かけをしていたので、そこを相手は察知していた訳なんですね。

う~ん、相手を褒める時には、上から目線になっていないか気をつけないとね~。
上っ面だけのおべっかは直ぐに見破られます。
心からの承認は、相手のハートに届きます。相手のdoing、having、を評価するよりも、beingを丸ごと承認する。こんな姿勢で居られたら良いなと思います。

アドラー心理学の教え「嫌われる勇気」にも「ほめて育てよ」は間違い。ほめることはその人を見下すことである。と、言っていましたよね。

http://diamond.jp/articles/-/56496?page=6

(一部転載)

ほめることは
相手を見下した行為

神保 僕は意外だったんですが、アドラー心理学では「ほめるのはダメ」なんですね。ほめるのは縦の関係だと。

岸見 はい。そのことを知らないと、「叱らずにほめて育てよ」と皆が言うので、多くの親は子どもをほめて育てます。ところが、それではうまくいきません。子どもをほめるとはどういうことかをまず考える必要があります。たとえばカウンセリングに母親が3歳の子どもを同行してきたとしましょう。カウンセリングはだいたい1時間ぐらいなのですが、その間子どもは母親の隣で待たないといけない。子どもは自分が置かれている状況の意味を確実に把握できると僕は信頼していますから、1時間おとなしくしていたからといって驚きはしません。ですが親はひどく驚いて、カウンセリングが終わったときに「えらかったね」「よく待てたね」とほめる。では同じような状況で、夫のカウンセリングをしているときに妻が待っていたとしましょう。1時間経って終わったとき夫は妻になんと言うでしょうか。

神保 「お待たせ」かな。

岸見 どうして「えらかったね」と言わないんですか。

神保 ああ、そうですね。子どもだったら言うのに。

岸見 そこがポイントなのです。「子どもは待てない」と思っているわけです。それなのに思いがけず待てたから「えらいね」とか「よく待てたね」という言葉を発する。でも大人同士でそんなことを言ったら失礼じゃないですか。だから「ほめる」というのは、能力のある人が能力のない人に下す評価の言葉なのです。

神保 「ほめる」というのは、上から下だと。

岸見 縦関係が前提ですね。横の関係だと絶対にほめはしない。

神保 しかし「勉強しなさい」と言ってはならず、自分で勉強しているのを見て「えらいね」と言ってもいけない。どうしたらいいんでしょうか。

岸見 たとえば今の場面だと、大人同士ならなんて言うでしょうか。もちろん「お待たせ」でもいいですが。子どもも言われて嫌ではない言葉がけはなんでしょう。

宮台 僕だと「ありがとう」かな。

岸見 そうですね。「ありがとう」がすぐに出てくる人は少ないです。「ありがとう」というのはほめているのではなく、子どもの貢献に注目した言葉です。1時間おとなしくして親に貢献したということを子どもに伝えているわけです。貢献を伝えられた子どもは、自分に価値があると思えます。「ああ、自分は人の役に立ててよかったな」と自分の価値を認められるようになる。ところが、ほめられた子どもは自分に価値があるとは思わない。どこか馬鹿にされたような気がする。なぜかは子どもにはわからないでしょうが。

神保 では、ほめれば喜ぶだろうと思うのは間違いですか。

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久しぶりにまた嫌われる勇気が読みたくなりました♪

良い夕べをお過ごしくださいませ!

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