シュタイナー教育と歯の生え変わり

こんばんは

現在1年生の長男が勉強嫌いで学校の宿題を異常に嫌がる。小学校に入学してからの1年間ですっかり勉強嫌いになってしまったらしい。その様子は担任の先生の目にも余るようで、個人面談の時には、「保育園の時には先生の話をちゃんと理解できていましたか?」「授業中に注目を集めようとして大きな声を出したり、私(先生)にまとわりついたりするが、親の愛情不足なのでは?」「家庭での取り組みが悪いから勉強が出来ないのでは?」等と、心無い言葉を投げかけられた。

でも、親の欲目で見れば家の長男は運動が大好きで走ったり飛んだり、止まることなく身体を動かしていて、1年生のうちはそれで良いと私は本気で思っている。それに、じっと座って計算したり漢字の書き取りには興味はないが、興味を持ったものに対しては、とことん親にも質問してくる。

例えば「ライオンと虎はどっちが強いの?タランチュラと蠍はどっちが強いの?」私が適当に受け応えて、「ライオンじゃない」って言うと「それはなんで?走るのはどっちが早いとか、力がどっちが強いとかちゃんと教えてよ!」等と、怒られました。

だから、長男は興味さえ持てば喜んで勉強するんじゃないかと思うのです。だけど、学校の勉強には興味が持てない。それで、なんでかなと思っていたら、シュタイナー教育にある手がかりが有りました。

シュタイナー教育は私も言葉だけは以前に聞いて知っていたのですが、どんな教育なのか私も最近までよく知りませんでした。

ウィッキペディアに、シュタイナー教育の特徴が載っていました。

教育実践の特徴

シュタイナーは「現代の人間はスズメバチのようである」とし、頭脳ばかり発達して意志が伴わない状態におかれている事を危惧した[5]。シュタイナー教育の目指すものは、宇宙にある諸事物の理念を、人間と結びつけて理解し、それによりミクロコスモスとしてのわたしを活き活きとした理念で満たすことである。その手法として、芸術が重要視される。芸術を通して人間の4層に働きかけることが教育実践でとくに注目される事である。それは以下のような特徴的な教科でのみならず、国語や算数といった公教育で主要科目とされる授業の中でも目指していることである。前述の七年期にみられる、年齢と教育を結びつけた考え方から、年齢主義を基本とする運営がなされる。

(転載終了)

平たく言えば音楽や美術の芸術を通して子供の年齢にそった発達段階に合わせて教育していく方法なのだそう。そしてシュタイナーでは子供の成長を7年周期で見ているという。

(転載開始)
七年期

シュタイナー教育では、人間の成長を7年おきに大別してとらえる。生まれてから成人するまでの21年間のうちに世界から「真・善・美」を全身を通して理解し、その世界と自分との一体感を見いだし、世界の中で自由で自律的に生きることのできる人格の育成を目指す。

  1. 第1七年期(0~7歳) – 肉体が誕生してからの7年間。この肉体を動かす事、すなわち意志の成長が課題となる。萌芽的な段階にあるエーテル体をゆっくり教育するため、無意識的な活動、特に毎日の生活のリズムを重視する。この時期の子どもは周囲の大人、特に両親からの直接的、間接的な影響を全身に吸い込んで成長する。つまり無意識的にも「(私の周りの)世界は善であふれている」ことを子どもが理解するような教育を目指す。
  2. 第2七年期(7~14歳) – エーテル体が既に自律し、アストラル体が活動するようになるまでの7年間。アストラル体が司るもの、すなわち感情の成長が課題となる。そのため芸術に重きを置いた教育実践によって、いきいきした感情を育み、「世界は美しい」とおぼろげにも感じられる教育を目指す。
  3. 第3七年期(14~21歳) – アストラル体が既に自律し、自我がはっきりしてくるまでの7年間。表象活動の活発化が課題となる。明晰な表象活動により「世界は真実に満ちている」ことをはっきり理解する教育を目指す。

(転載終了)

また日本では小学校入学は生年月日によって一律に決められているが、シュタイナーの学校の場合は歯が生え変わっているかどうかが、小学校入学の決め手になるそう。発育がゆっくりで、歯がまだ生え変わっていない段階にいる子供を、小学校で勉強させるのは記憶がまだ充分に働かないから無理でかわいそうだと考え、ウィーンのシュタイナー幼稚園では子供が小学校に進むのがふさわしいかどうか、歯の生え変わりを参考にして、教師と保護者と医師の三者で、検討がおこなわれるという。

シュタイナー教育では長期記憶が出来るようになるのは、形成力が身体に働くことを完了した後。幼児期に身体を形成するために活発に働いていた「形成力」が永久歯に働くようになり、その永久歯が歯茎から現われるに至って、身体の形成がひとまず完了したと捉えるという。

それを基準に考えると家の長男の下の前歯が抜けたのは去年の後半、そして上の前歯は今ようやく動揺を始めている。入学前に上下の永久前歯が生えている子供とは時期的に大分遅れている。だから、ウィーンであれば長男は今年から小学校入学許可が出たかもしれない。そう考えると、この1年間の学校の勉強が長男にとって苦痛以外のなにものでも無かった事が容易に想像できる。家庭でも宿題をやらないと、目くじら立てて、無理やりやらせたが実は長男にとっては身体を発達させる事の方が優先順位が高かったのだ。今までの親の対応を反省しつつ、発達段階から見て長男の反応は当然だと分かってなんだか救われた様な気もした。「何だ、この子全然大丈夫なんじゃない。勉強なんて無理矢理やらせなくても問題なし。今は沢山外で遊んでおきな!」ってね。

(以下転載)

シュタイナーの教えたこと(23)2005年6月福岡での「シュタイナー教育講座」ノート(1) 2006.

シュタイナーの精神科学は、文化、経済、銀行、社会、芸術、建築など様々な領域において、成果をあげており、それは、既存のものではない、新しいものの見方を伴うものである。そして、シュタイナー教育は、その一領域、ひとつの動きなのである。
エミール・モルト氏の依頼を受けて、シュタイナーが、ドイツのシュツットガルトにヴァルドルフ学校をつくったのは、1919年のことである。シュタイナー教育の特徴は、その人間観にある。シュタイナー教育は人間の成長をひとつの法則とみる。シュタイナー教育では、人間を体だけの存在とはみなさない。魂の部分も高みの力を有する霊的部分も人間であると考える。これら人間を構成する要素に偏りがあってはならないと考える。例えば、体が悪ければ、他の要素にもその原因を求める。人間を全体としてみる。体、魂、霊は、関わりあっており、三つの調和を図らなければならない。
さて、魂には三つの働きがある。思考、感情、意志である。これら三つを同時に育むことはできない。それぞれに異なる発達期があるのである。

幼児の教育は思考に重点はおかれない。幼児の教育の中心は、意志を育てることである。シュタイナー教育は、人間全体を育てようとする。最後までやりとげる、豊かな感情をもつ、思いと行動がつながる、メディアに流されない自分の意見をもつ、そのような大人になる教育を目指している。そして、21歳から人間に求められるのは、自己教育である。
乳幼児に対して、どう思うのと問いかけたり、感情の表現を求めることは、適切とはいえない。手足に働きかけることが重要であると聞くと奇異に感じられるだろうか。シュタイナー教育では、人間の成長を七年区切りでみていく。0歳から7歳までの第1七年期、そして、このとき、区切りとなるのが、歯の生え替わりである。7歳から14歳までを第2七年期、それ以降を第3七年期。第1七年期の子どもには深い意志の力が手足に漲っている。頭にではない。たくさんの体験をすることが意志の力にかわっていく。それが将来大人になったとき、しっかりと生きてく力になるのである。
第1七年期に子どものなかでは、形成力とよばれる力が、体作りのために働いている。体作りが一応の区切りがつくと、この力は歯を押し出すという仕事をするのである。歯が生え替わりはじめるということをシュタイナー教育では、子どもが学校で勉強することが適切な時期にきているという目安にしている。

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