日月神示の岡本天明と近衛文麿

こんにちは

友人に「ひふみ神示」の動画を紹介されたのですが、日月神示とひふみ神示ってどう違うのって調べたら、ウッキペディアに原文を解読し漢字仮名交じり文に書き直されたものは、特に「ひふみ神示」または「一二三神示」と呼ばれる。と、書いてあり実は日月神示と同じものでした。

それで、そのままウッキペディアを読み進めると、近衛 文麿と岡本 天明の意外な接点が書いてありました。

「終戦直前の昭和20年の夏のある日に軍関係者(青年将校達数名)が天明のもとを訪れ、それまでに都合3度の内閣組閣しその後も隠然とした力と、軍部の考えとは正反対に独自の終戦工作を画策していたらしい元内閣総理大臣経験者である「近衛文麿」に関して、将校達は「近衛は弱腰で役に立たない。このままでは日本は滅びるだけだ。そこで、御神霊の意見を是非うかがって、その返答によっては近衛の殺害も厭わない」と述べ、神霊の御意見を伺う事を天明に促し求め、かなり殺気だった雰囲気に包まれたと言われている。しかし、それは天明の賢断によって無事に回避されたという。その判断とは「軍関係者の望んでいる答えと御神霊の答えが違っている場合はどうするのか?それを聞かなければお伺いは立てられない」と天明が語った事と、軍関係者達に神霊の言葉に従うという内容の約束をさせた事であった。神霊の答えは「それはならぬ」だったという。」

先日こちらのブログでもご紹介した太田 龍氏の二・二六事件の真相の動画の字幕付けで、自分は丁度近衛 文麿と木戸孝一の部分を担当していたので、近衛文麿が実はA級戦犯ではなかったとそこで学んでいました。ですから神霊の「それはならぬ」と戦争に反対した良識派の近衛 文麿の人物像を見抜いていたんだ!と、妙にそこで反応してしまいました。

それで、今までは日月神示ってなんか怪しげな宗教?位に思っていた認識がガラッとひっくり返ってこれはもう絶対的に信頼性がある神の啓示だ!ぐらいに私の中の認識が変わったのです。(かなり単純な人ですねf^^;)

(ウッキペディアより転載)
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%97%A5%E6%9C%88%E7%A5%9E%E7%A4%BA

日月神示の降ろされた時代背景 [編集]

近衛文麿。写真は若い頃のもの。近衛は第34、38、39代と3代にわたって内閣総理大臣をつとめた。近衛は敗戦後にGHQよりA級戦犯者のひとりとして指名されるが、その出頭命令日前日に服毒により自ら命を絶った。

第二次世界大戦も終盤に差し掛かった昭和19年(1944年4月18日に今後の戦局を占う意味や日本の古代史の事を聞く目的もあって東京原宿扶乩(フーチ)実験が行われた。扶乩(フーチ)とは中国に昔から伝わる神霊の御神意をうかがう占い方法で、二人が一組になって行う一種の自動書記現象であるが、この時の参加者は日本の古代史を研究していた修史協翼会[4] のメンバーや、陸軍少将小川喜一等、十数名であった。その場において審神者(サニワ)[5]司会進行役をつとめたのが岡本天明であったが(天明はこの頃、東京の千駄ヶ谷に在る八幡神社鳩森八幡神社)で正神主が出征中の為、その代わりに留守神主をしていた)、この時に降臨した神霊がその後に日月神示を天明に書記させていく「国常立尊」で、これがその後に続く機縁の始まりだと言われている。ただこの時には「日月のかみ」や「天之日月神」と名乗り国常立尊とは名乗っていない。

(この「天之日月神」は「国常立尊」自身ではなく「国常立尊」と天明との間を仲介した媒介神霊または媒介天使だったという説も非常に有力である)

この扶乩実験の後、終戦直前の昭和20年の夏のある日に軍関係者(青年将校達数名)が天明のもとを訪れ、それまでに都合3度の内閣組閣しその後も隠然とした力と、軍部の考えとは正反対に独自の終戦工作を画策していたらしい元内閣総理大臣経験者である「近衛文麿」に関して、将校達は「近衛は弱腰で役に立たない。このままでは日本は滅びるだけだ。そこで、御神霊の意見を是非うかがって、その返答によっては近衛の殺害も厭わない」と述べ、神霊の御意見を伺う事を天明に促し求め、かなり殺気だった雰囲気に包まれたと言われている。しかし、それは天明の賢断によって無事に回避されたという。その判断とは「軍関係者の望んでいる答えと御神霊の答えが違っている場合はどうするのか?それを聞かなければお伺いは立てられない」と天明が語った事と、軍関係者達に神霊の言葉に従うという内容の約束をさせた事であった。神霊の答えは「それはならぬ」だったという。この頃はまだ日月神示の解読は十分されてはなかった筈だが、軍人の一部にはすでにこれを信頼し神聖視していた者もいたらしい[6]。神示にはその後の日本の敗戦を明らかに書記されている部分があり、希望を失っていた軍人の中でも、前もってそれを知っていた為に終戦時に自殺を思いとどまった者も多く居たという。

(転載終了)

(二・二六事件の全容を知り天皇の呪縛を解こう文字おこし部分より転載)
http://tamekiyo.com/documents/ota_ryu/226.php

日本人には今に至るまでその歴史が一向に釈然としない。釈然としないから二・二六について非常に多くの人がいろんなことをあれこれ言うけどね、しかし一向に問題の真相、本丸に迫らないんですよ。鳥居民という人が『近衛文麿、黙して死す』という本を一昨年出しています。近衛文麿と木戸幸一が元宮中の中枢に近い二人の人物でしょ。近衛文麿は陸軍の一部(統制派)による中国に対する全面戦争には全く反対したんです。一方、木戸幸一は統制派の陸軍とともに陸軍による中国全土占領政策に舵を切るんです。にもかかわらず、大東亜戦争、東京裁判のあと、日本では近衛が悪玉で木戸が善玉になっている。非常におかしい。全くおかしな世論操作が行われているんじゃないかと、この人(鳥居民氏)は言った。

二・二六についても決起青年将校の趣旨が若干でも日本の国家に取り入れられれば、その後、日支事変、中国に対する戦争も開始しないし、その後の全面的な戦争とは全然別の路線を日本はとったはずだけど、その時点で昭和天皇に対して方針・政策を提案する決定的な立場にあった木戸幸一は、二・二六に対して即時徹底的に鎮圧すべきという方針を提起して、昭和天皇はすぐにそれに賛成して、そういうふうに進んでしまったっていうわけで。

近衞は全く別の方針だったけれど、近衞は全く排除されたという風なことを言ってます。だから木戸は二・二六の後の方針についても、それから日本が米国との戦争を回避するかという議論でも、近衞は全く反対したんですね。近衞は、日本は中国から陸軍を全面的に撤兵して、米国と交渉し直して、米国と戦争しないような方向に持っていくべきだと言ったけれども、木戸は陸軍中枢部の線に沿って、中国からの撤兵反対、アメリカとの戦争辞さず、そして実際にアメリカとの戦争というふうに持っていった主犯であるとこの人は言っている。

しかし日本人は、今更そういうことを言われても全然ピンと来ない。というか、今更そんなことを言ってもしょうがないんじゃないかということで終わりになっちゃうわけです。

木戸幸一じゃなくて根本的な当事者は昭和天皇なんです。鳥居って人はそのことには触れることはできない、そのことに触れるとそれはたちまち現代日本の体制を支配している絶対的なタブーと衝突して、自分の方がぺっちゃんこになるかもしれない、だからそういうことはしないというわけです。従って今まで昭和天皇を弾劾する、昭和天皇の政策を告発する、それを否定する、昭和天皇が反日本的な方針を強行したということについては一言も言えない、そういう呪縛が日本人を縛り続けているんですね。

(転載終了)

それからこちらが友人から紹介された「ひふみ神示」の動画です。マネーカルトのからの脱出を目指す私としては、大いに共感できる動画で、見ながら頷きっぱなしになってしまいました。皆様はどんな風にお感じになるでしょうか?両手いっぱいにブランド品を抱えて嬉しそうにしたりしてない?それって、誰かが作った偽の価値観に踊らされている可能性があるみたいですよ・・

ラオブドアブログの大摩邇(おおまに) のサイトより抜粋です。
http://blog.livedoor.jp/genkimaru1/archives/1719974.html

人の心は目の前の、我身のことに終始する。
己の御魂の嘆きはの、人に伝わることがない。
己のことでありながら、まことの己の魂の叫びが聞こえぬ者ばかり。
まことの己に立ち返り、己自身の声を聞け。
今はまことに幸せか。今はまことに幸せか。
楽と思うておることが、まことの自分の心持ち、ないことばかりが多いのぞ。
楽し楽しというけれど、それは他の人間が、つくったことが多いのぞ。
他人の基準に乗せられて、思い込んだ者ばかり。
基準つくりた人間は、悪の手先となっておる。
金を持つこと幸せか。物を持つこと幸せか。
まことの自分に問いてみよ。それでは何も残りゃせぬ。
裸になった自分には、何が残るか考えよ。
金や金銀財宝は、持ってあの世にゆけぬのぞ。
この世、終わりに近付いた。終わりというは、始まりぞ。
新たな御世の始まりぞ。なれど始まりまでにはの、大きな変革あるのぞよ。
今のままでは同じこと、繰りかえ、繰りかえするばかり。

人と人とが争うて、互いに傷付け踏みつける。
かくも悲惨な世となりた。
それでも人は目が覚めず、人の心はなおざりに、されて今日まで来たものぞ。
人の心は神からの授けし分けた御魂なり。それを忘れた者たちの、悲しい哀れな世となりた。
心を忘れ、神忘れ、己の力を過信して、人のみ偉いと思いなし、こうして狂うた世となりた。
そのことわかる者がなく、神に仕える者もなく、長き時間が過ぎたれば、
神がいよいよ手を下し、この世の立て替え立て直し、成して再び神々の、喜び守る世とするぞ。

思いを清めて待つがよい。力を尽くして待つがよい。
新たな御世こそ、長き世に待ちて侘びたる世界なり。

(転載終了)

関連記事はこちら

コメントを残す

サブコンテンツ

このページの先頭へ