神との対話私バージョン

こんばんは♪

やっと子供たちが寝たので今日は最近やっと読み終えた「神との対話」の感想をちょこっと、メモしておきます。

さて、この「神との対話」映画にもなっている大ベストセラーなので、読まれた方も多いかもしれません。
undefinedこういうメッセージって必要としている時に、降ってくるもんですね。この本から私が受け取ったのはこんなメッセージです。ただ、これはあくまで私が独断と偏見で選んだものですので、おそらく読む人が変わると、受け取るメッセージも変わると思いますので、気になる方は是非お読みくださいね!

  人間関係や子育てで役立ったメッセージ

医療や世界の闇を知ってから人間関係に悩んでいました。「どうしてこの人たちは本当の事を知ろうとしないのだろうか?」と。そして知らず知らずのうちに、本当の事を知ろうとしない人の事を「どうせあんたは何も分かっちゃいないんだから」と、上から目線で見ていました。そんな事をしているうちに、段々と数少ない友人も離れていった様に思い、勝手に孤独を感じ「誰も分かっちゃくれない!」と、一人感傷に浸っていました。そして挙句の果てには、「どこか田舎で隠居生活がしたい~」と、うそぶいていました。

でも、今日から自分のこの態度を改めてみます。だって、自分というアイデンティティーは周りに人がいて初めて存在できる相対的な側面も持っていますし、大体一人で居たってこの人生で多くを学ぶことは出来ませんよね。それに、私は子育てにおいてまだまだ学ばなくてはいけないことが沢山有りそうです。

それにしても、子供っていうのは今まで出会った中でも最も厳しい教師だなって、感じる今日この頃ですが、今回貰ったメッセージを桃太郎の猿やキジのようにお伴に従えておけば、楽々スイスイ進めるかもしれませんね。

 他者がいなければあなたは何者でもない。

 最も愛情深い人間は、
最も自己中心的な人間だ。

 他の人間の魂への責任はないこと、
それぞれの魂が自らの運命を選ぶべきだし、
選んでいるのだという事が理解できる。

 ふれあうひとすべてに、
あなたは価値があると思わせられるよう、
努力しなさい。
それぞれ、自分であるだけですばらしいのだと、
感じさせてやりなさい。
この贈り物を与えていけば、
世界を癒すことができる。

 他者の価値を見抜くためには、
まず自分に価値を見いさなければならない。
他者を祝福すべき者として見るためには、
まず自分を祝福すべき者として
見なければいけない。
他者の神聖さを認めるためには、
まず自分自身が聖なる存在であることを
知らなければいけない

 あなたの愛によって、愛するものを世界に押し出しなさい。
そして彼らが自分自身を十分に体験できるようにしむけなさい。
それが、ほんとうの愛である。
あなたの仕事は彼らを自立させること。

 子供たちに、失敗はつくりごとであり、
すべての試みは成功であること、
どの努力も勝利をもたらすこと、
一番でもビリでも、同じように勝利であることを教えなさい。
これを教えれば、ほんとうにすばらしい教えになる。

 全ての人間関係の決定的な接点において、
問題はひとつしかない。
「今愛なら何をするだろうか?」

 他の人に対して、これまで見ていた以上のものを見ることだ。

 自己啓発に役立ったメッセージ

まず度肝を抜かれたのが、考えを変える方法。普通は、現実を創造するための順番は、思考→言葉→行動の順ですが、考えを変えるためにはまず行動ありきで、それからこうありたいという考えを言葉にしなさいという。うん!これ中々良いかもです。それに、何にも考えずにまず行動するの得意かも。たまに特に計画的な方や慎重な方に、「あなたは全然考えないで行動するね。だから失敗するんだよ」と、ありがたいアドバイス頂いたりするけど、そんなの全然気にしない気にしない。だって、この方法はかなりパワフルでしょ!でも、ありがたいアドバイスはちゃんと受け止めておく必要もありますが・・

  人生の意味とは創造である。
自分を創造し、それを経験することである。

 考え方を変える方法:
まず、こうありたいと思う考えに基づいて行動しなさい
それから、それからこうありたいという考えを言葉にしなさい。
それを何度も実行していれば、
精神の訓練が出来て、
新しい考えが出来るようになる。

 魂にとっては、どんな行動をするかではなく、
その間どんなふうに在るかだけが大切だ。
魂が追及しているのは在り方であって、
何をしているかではない。

 あなたは欲しがるものは何も持てない。
欲しがるという行為自体がそれを押しやるからだ。

 創造の道具は思考、言葉、行動だ

 悟りとは結果を放棄することである。
決して情熱を放棄することではない

 「したい」と思うのはやめなさい。
「欲しい」と思うことは、
「したい、欲しい」という状態を
宣言するだけのことだ。

 あなたはそこにとどまってしまう。
欲しがっている自分のままで。

抵抗すれば、相手はますます強くなる。
見つめれば、相手は消える。
幻のかたちを保てなくなるからだ。

 この世の闇に対してどうすれば良いか?

どうしても人は外に向かって原因を見つけようとしがちですが、でも私たちはみな創造主と同じパワーを持った存在なので、この世の中で起きていることの原因は自分の内にあると考える方が自然だなと思います。それに、「あーこの世の中もううんざりだ!お金なんて汚いものはもういらない!」ってちょっと前まで私も吠えてたけど、「この世界の今置かれている状況は私にとって最高の舞台装置が揃っている。」って考えた方が何だかしっくり来るような気がしてきました。

「この最高の舞台で、今回私は何を学ぶのか?こんな難しい状況に転生してきた私たちって、みんな結構ゲームの達人なんじゃない?」って考えれば、陰謀論や医療の闇もなんだかありがたいものにさえ感じてきます。と、言いつつもやっぱり、子供に毒盛ったり、放射能ばらまいたり、予防接種で人口削減したり、秘密保護法案成立させたりしている今の日本の状況や、戦争が絶えず、子供達を巻き込み多くの命が犠牲になる一方で、富を集めて人権を蹂躙する世界の状況は許しがたいものがあります。

それに、この状況ってちょっと裏を返せば、私たちが家畜に対してやっている事と実は一緒なんですよね。本当は人間は他の動物を犠牲にしなくても生きていけるのに、そこの所だけは完全に切り離されちゃっている。だから、「私たちは本当は自分達が犠牲者だって決め込む前に家畜たちにやっていることを顧みるべきだ~!」なんていう思いもあります。

恐らく当分の間はこの思いは消すことが出来そうには有りませんし、消す必要もないでしょう。だって、ここは上級者の為の最高の舞台装置なんですから。ここで何をしようと、幾らお金を稼ごうと、何を買おうと、何を食べようと、どんな感情を味わおうと、そんなのその魂の自由だものね。

 世界の悪と呼ぶものを非難してはいけない。
それよりも、そのどこを悪と判断するのか、
どこを変えたいのかと自問しなさい。
外に向かってではなく、内に向かって、
この災厄を前に、「いま自分は何を体験したいのだろう。
自分のどの部分を引き出したいのか」
と問いかけなさい。
あなたがたは
他人が恐怖のもとだと考えているが、
あなたがたの信念が恐怖のもとなのだ
人類はいま、自己革新を求めている。
ひとりの救世主の時代は終わった。
いま必要なのは、
共同行動、一致した努力、
集団的な再創造だ。

 人間はもともと、
ひどいことをするようにはできていない。
人間の基本的な本質は、愛だ。

今日は大分遅くなりましたので、もう寝ます。

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