食物依存症の原因は身体でなく心!

こんにちは

今日はグラハム・N・グラハム博士のフルータリアンダイエットから、一部翻訳してお伝えします。
先日からお伝えしているように、私はフルータリアンダイエットで完全ローフーダーを目指して居ていますが、どうしても調理した穀物(玄米、パン、蕎麦、スパゲッティ)を食べてしまいます。加熱食は酵素も死んでいますし、食べると白血球が胃に集まってきて、消化にも負担がかかります。
ですから、なるべく摂取したくないのですが、中々上手くいきません。それで、この本のよくある質問の項目を読んでいたら、解決のの手がかりが有りました。調理した特定の食べ物に依存的になっているのは身体では無く心だと言う部分です。食べ物の心理的な依存には2タイプあって、1つはつらい感情を麻痺させるためのいわゆる「やけ食い」で、もう一つはとても心地の良い出来事と食べ物がセットになって記憶され、その時の感情を呼び覚ますために食べ物を使うと言う物。これは、つまり過去の感情にとらわれ今を生きていないと言う事です。

穀物がどうしても食べたくなるのは、身体では無く心!
う~ん、結構深いね。

これは穀物中毒を克服する重要なヒントになりそうですよ♪
これはちょっとして驚きでした。

(翻訳開始)


・どうして80/10/10ダイエットは私には合わなかったのか?


私の所にやってくる人でこの方法の食事をしたが上手くいかなかったという人がいます。検証してみると、そういう人たちは私の推奨した通りに実行していなかったという事が殆どでした。私は心から皆さんに成功して欲しいので、ここに80/10/10ライフスタイルに適合されるために見逃しがちの重要な幾つかのポイントを上げておきます。

 もし以下の様な条件があるなら80/10/10の考え方に沿っていません:


・野菜や葉物からの摂取カロリーがトータルのカロリーの2%以下の場合、葉物からの摂取は2~6%にする事を推奨します。もし2000カロリーの食事でその4%を野菜から摂取する為には、一日にやく1ポンドの野菜を食べる必要があるでしょう。

・摂取しているカロリーが貴方の体重維持をする必要量に達していない。

・身体的な活動で摂取したトータルのカロリーの40%以下しか消費していない。

(平均的なカロリーが2000カロリーであれば、少なくとも一日に800カロリー消費するべきです。) 

・習慣的な睡眠のパターンが身体のニーズに合っていない。

・一日1~4回の食事よりも頻繁に食べている。

・心の平穏が保たれていない(ライフスタイルがストレスに満ちているためアドレナリンシステムが強く働き過ぎている。)

・一日に直接皮膚に少なくとも30分以上の日光浴を十分に(しっかりと)する事。

(我々の身体は十分なビタミンDを作るために、一日に約15分の日光浴が必要です。わたしは健康的でいる為には少なくとも一日30分は必要だと思っています。人類はインドアで生きていくようにはデザインされていない事を覚えていてください。)

 

・なぜローダイエットに失敗してしまうのか?

失敗してしまう最も一般的な理由は、新たなローフーダーがロー脂肪源から殆どの日々のカロリーを得ている事を知らない為、ローダイエットが結局不健康になってしまう事にあります。野菜に含まれるカロリーは僅かなので、これはとても多くの量の野菜を食べていると思っている時でさえ起きます。

 脂肪分の多い食べ物は人間の栄養的なニーズにマッチしていません。高脂肪の食事は基本的に栄養学的な欠乏を状態にし、様々な種類の健康問題を引き起こします。

 
 不十分な量の甘い果実の炭水化物を食べることは、炭水化物の渇望と無秩序に食べてしまう習慣を引き起こすかもしれません。再度言いますが、単にいつでも十分な果実を食べていないということを理解するまでは、殆ど全てのローフーダーは、パン、米、パスタ、ポテト、コーン、レンズ豆、豆類等の加熱した炭水化物を再び食べ始めてしまいます。もし加熱した穀物(加えて脂肪はそれらの味を良くします)を食べ始めなかったとしたら、通常はキャンディー、チョコレート、アルコール、ペストリー、クッキーもしくはドライフルーツ等の精製された炭水化物を食べたい衝動に駆られます。この2つのシナリオは単にホールフードの果実の糖分の摂取不足により起こっています。そしてこれはアメリカ人の標準的な加熱食を食べている人が、渇望し無秩序に食べてしまう事に悩んでいるケースにも当てはまります。

 
 その他のローダイエットで人々が失敗する重要な理由は感情です。ここで「感情食い」についてのよくある二つの異なるテーマについて議論してみます。一つ目は我々の感情を抑制するために食べ物を使うことに関連しています。二つ目はある感情を呼び起こすために食べ物を使うことに関連しています。

  

最初に「麻痺する」シナリオを取り上げましょう。これまで説明してきたように、加熱食は私たちにとっては本当に良いものでは有りません。でもそれは確かに我々の感覚を麻痺させるのです。無意識に我々は、消化と激しい感情の両方に同時に作用し、とても多くの神経的エネルギーを要求する加熱した重たい食べ物に感情的に惹かれる事を学んできました。我々は「麻痺する」のは心理学的な意味での現実的な過程であるということを単に想像することが出来ません。熱心に行う身体的な活動は別として、最も我々の身体がエネルギーを使う通常の身体的な二つ活動は、消化がとても困難な食べ物の消化と激しい感情処理です。通常、我々はその仕事を次から次へとこなさないとならないのです。

 誰しも激しい感情的な混乱が原因で完全に食欲を失う経験をした事が有ると思います。これは感情的な要素が消化活動を抑制するときに起こります。逆に消化活動が優先される時(これが起きると決まって我々は食べ過ぎてしまいます。)、我々は感情的な麻痺、感情の欠如を感じます。感情的な痛み、肉体的な不快感に満ちた世界では麻痺は快適な状態であると簡単に誤解されます。

 これは怒りとフラストレーションで一杯になる口論をしてしまった時などに起こり、アイスクリームのパッケージに溺れるようになるのです。ローフーダーの場合ではそれはナッツやドライフルーツになるでしょうが、同じです。どちらの場合でも、本当に必要なことは感情に焦点をあて受け入れる事です。

 ローフードに変えて消化の負担を軽くした場合は、身体は突然何年ものあいだ湧きあがり始めていた感情を導き鎮静する神経的なエネルギーを感じます。この予期せぬチャレンジは多くの人にとって圧倒されるような事だと証明されています。これらの感情の荷を適正に扱う事を学ぶまでは、ローフードを食べる事は不快な感情を表に出させる傾向があるかもしれません。その為感情的な「快適さ」を求めて、また加熱食に戻ってしまうのです。

 テレビ、本、友人、音楽、食べ物などの気晴らし無しに感情を受け入れるというのは、静かに座って身体の中にある激しい全ての感情を実際に感じる事なのです。痛みのある感情や考えを隠したり目をそらしたりする代わりに、ただそれらをもっと深く鎮め、日にちがたってから感じて下さい。(通常は更に激しさを持って感じます。)「ネガティブ」な感情なくしては「ポジティブ」な感情を経験する事は出来ないと理解する事は、とても重要な事で、これらはコインと一緒で表裏一体なのです。

 

 全ては我々の一部分でこれらを拒絶する事は、統合された状態にしようという要求がなされているにも拘らず、私たち自身の一つの側面から顔をそむけている事なのです。

 2つ目のタイプの感情食いはある特定の料理に対する愛着を感じる事と関連しています。これらの愛着は人生においてとても楽しく再度経験したいと憧れる過去の出来事や瞬間から来ています。しばしばそれらの感情に打ち勝つのはとても困難で有る事があります。薬物依存者が最初の薬の経験で感じた唯一無尽の経験を決して再現する事が不可能であるのと一緒で、幾ら試みても、その料理を食べる事では探し求めている特別な感情が生まれる事は有りません。その代わりに我々は失望し、それから失望感を麻痺させる為にもっとその料理を口にするのです。

 これらの感情はとても重要でその経験は価値のあるものだったけれども、その料理を食べる事でそれが呼び覚まされる訳でないと言う事を理解するには、多くの洞察力が必要です。新たにポジティブな経験を生み出し今に生きましょう。

 我々にとって害のある何かに依存すると言うのは身体的に不可能なので、ある特定の料理に感情的な愛着を感じているのは実際には依存では有りません。単に身体が統合されていないだけなのです。身体は有害な物質に依存し反映するようにはデザインされていません。しかしながら人間の心理は、ある特定の物質を摂取した後にそれにとても依存的な状態になる可能性があります。かつてあった幻影に憧れる気持ちが、その料理が食べたくなる様に誘惑するのです。

 もし加熱した料理を食べるならば、感情的な野菜を作り出す危険な状態におかれていて、その特定の料理の依存症になってしまうでしょう。

 

(翻訳終了)

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