FDAによる自然療法の弾圧(薬の25の真実の物語3)

こんばんは

今日は薬の真実の25の物語の3回目です。

アメリカ食品医薬品局は長年癌の自然療法を弾圧してきました。
そして不必要な研究や裁判の資金源はアメリカ市民の税金です。
恐らく多くの市民はこんなことは望まないと思うのですが、この社会の仕組みはどうにも変える事が出来ないものなのでしょうか?
日本でも同じように消費増税が決まり、市民の税金がアメリカの思いやり予算等に流れ、
それが戦闘機の資金源などになっているはずです。だから、テレビで見る紛争や戦争は遠い世界の出来事でなく、実は私たちのお金が流れて行っているかもしれない身近な問題かもしれないのです。
過去記事参照にして下さい。)
そんな事多くの市民は望んでいないはずですが現実はそのような流れになってしまっています。一体どうしたらよいのでしょうかね?

真実3 FDAは癌の自然療法を30年に渡って弾圧していた

ー本文訳開始ー

1970年代スタニスラウ・ブルツィンスキーは毒性のない遺伝子を標的にした治療を発見し、最も致死的な形態の癌の治療にさえも使っていた。そして彼は西洋医学との戦いを始めました。それは実質的には癒すのにお金のかからない方法を凌駕し、人類が今まで知るなかで病気を治すもっとも高上がりで利益を上げる作戦の一つであります。FDAはブルツィンスキーを暗殺せず、財政上の話だけれども、まさに彼らが30年間彼に対して取ってきた行動です。

この世界には癌産業の詐欺行為を引き摺り下ろすことが出来る科学者は誰一人てしていません。癌産業はそれ自体で年間1000億ドル以上の有り余る利益を上げています。
FDAはこの惑星上で最も腐敗した組織の一つで、あなたの両親であろうと、叔父、叔母であろうと、全ての最高裁判所の判事であろうと、あなたはFDAの弁護士に訴訟で勝つことは出来ないでしょう。ブルツィンスキーがFDAに対する彼のいくつかの戦い(戦争ではない)に勝利を勝ち取った時、彼の家は彼らによって侵略されました。これに伴って、デービッド・ケスラー博士と彼らはブルツィンスキーの12000人の患者すべての記録をつかみ、そしてかれをそれから8年間も引き離したのでした。

FDAは癌の犠牲者にとても値段の高い死のショーを望んでいるのです

ブルツィンスキーのをアンティネオプラストン療法受けていた末期がんの罪のないアメリカ人たちは突然その治療を取り上げられました。この治療は酢酸フェニルと、フェニルアセチル―グルタミンの複合的な治療で彼らの多くは死にました。アンティネオプラストン療法はグリア腫にさえ効きました。グリア腫は脳や脊髄に出来る致死的な腫瘍です。ブルツィンスキーは40種類以上の癌を治療しました、乳がん、膀胱がん、肺がん、そして末期の脳癌などです。

ブルツィンスキーの「癌は重要なビジネス」というドキュメンタリー・フィルムはあなたを最初から最後まで、いかにこの天才が既にアメリカの無慈悲なシステムとして与えられる最大限の化学療法と放射線療法を受けていた癌患者を治療したかが、分かりやすく説明されています。
彼の患者さんは小児も、成人も裁判で、彼の自然療法は彼らを治療したことを証言しました。でもFDAはブルツィンスキーをシャットダウンしたのです。この裁判での議論はこの彼の治療
効こうが、そうでないかに関わらず、結果は決まっていたのです。このFDAとの闘争でブルスィンスキーはアメリカと国際社会の医学会から追放されてしまったのです。

アメリカ政府は「テキサス・メディカル・ボード」(FDAとPhRMAで構成)はスタニスラウ・ブルツィンスキーのMD、PhD、を取り上げ癌の偽のヒーラーと迫害し、遂には彼の特許も盗んだのでした。
アンティネオプラストン療法での最も重要な材料を取り除くことで、FDAは彼ら自身の不正の臨床試験を行いそのデータを示して、特許をえた自然療法は大嘘だと主張しました。
アメリカ医学協会(AMA)は80年間も自然療法を発見した医者を「ニセ医者」呼ばわりし、FDAも同じトリックをブルツィンスキーに対して使ったのです。

しかしブルツィンスキーは最も活発で粘り強い医者として歴史に刻まれるでしょう。彼は偽装したFDAのリサーチを暴くことが出来たのです。かれはFDAの研究データを発見し故意に失敗するように薄めたフォーミュラを使っていた事を暴きました。

1993年に遂にブルツィンスキーは裁判で勝利しました。なぜなら医学委員会は何の証拠も専門家の証言も得られなかったからです。それでもまだFDAは1995年に圧力をかける事を続けます。博士に同じ罪状で裁判所に出頭するように何度も何度も召喚状を送ったのです。何百万ドルもの税金の無駄遣いです。前の裁判の陪審員はびっくりして実際に裁判所に現れ報道陣の前でFDAの不条理さを語りました。この全てのスキャンダルの一部に関わっていたのが、マヨクリニックとサロン・ケタリングで彼らはブルツィンスキーに、実際は2000人の人々が文字通り待ちながら死んでいったのに、彼の治療のプロトコールにはほんの8人の患者しか適していなかったと嘘をついたのです。

それから信じようが信じまいが、ブルツインスキーは遂に1996年に起訴されました。裁判の費用は6000万ドルでの税金が使われました。これはあなたのお金が間違った資金提供に流れて行っているという事です。例えば、ACSアメリカ癌協会、NCI国内癌協会、もしくはスーザン・G・コーメン基金に等です。それはアメリカ政府が自然療法を弾圧するための手助けになっているのです。あなたが次回ピンク・リボンの会合に招待されたらちょっと考えてみてください。

ー訳文終了ー

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